甲府地方裁判所 昭和40年(行ク)2号 決定 1966年5月18日
申請人 木下真治 外一五名
被申請人 都留市立都留文科大学学長
主文
被申請人が、昭和四〇年八月二一日申請人播摩光寿、同北林万智子に対してなした各退学処分の効力は、右当事者間の当庁昭和四〇年(行ウ)第二号退学処分等取消請求訴訟事件の判決確定に至るまでこれを停止する。
その余の申請人らの本件各申請は、いずれもこれを却下する。
申請費用はこれを八分しその一を被申請人の負担、その余を第二項の申請人らの負担とする。
理由
第一、申請人ら訴訟代理人は、「被申請人が昭和四〇年八月二一日なした別紙(一)当事者目録記載の申請人1ないし14に対する退学処分、同申請人15および16に対する無期停学処分の効力は、右当事者間の本案判決が確定するまでこれを停止する。」との決定を求め、その申請理由、被申請人の主張する答弁および反対主張として次のとおり主張した。
(申請理由)
一、申請人らは、それぞれ別紙(二)記載の各年月日に都留市立都留文科大学(以下単に本件大学という)に入学し、同記載の学科に所属する学生であるところ、被申請人は昭和四〇年八月二一日申請人らに対し申請の趣旨記載の退学または無期停学処分をなした。
二、しかしながら右各処分は、いずれも違法であるので申請人らは昭和四〇年九月二九日当裁判所に右各処分取消の訴を提起した。
三、しかも申請人らは右処分により次のような回復困難な損害を蒙り、これを避けるためには右処分の効力を停止する緊急の必要性がある。すなわち、
申請人らはいずれも将来教職に従事するため本件大学に入学し、教官指導のもとに必要な学問を研究しようと志しているにもかかわらず、右処分によつて大学における勉学施設から排除され、そのため勉学に支障をきたし、これにともない精神的苦痛を蒙つている。しかも教員資格取得のため必要な必修科目の受講受験ができないのみならず、教育実習を受けることもできない。すなわち本件大学は学年制をとらないため進級ということはないが、入学後の年別に履修すべき科目が定められているため現在所定の科目を履修しておかなければ仮に後日本案について勝訴判決を得て科目の履修が可能となつても右年別に定められた科目を同時に履修することは困難となり、卒業に必要な単位数に不足をきたし、卒業が延期することは必定である。そして申請人らはいずれも就学四年で卒業できることを予定して入学勉学してきたにもかかわらず卒業がこのように延期されることは経済的に多大の損害を蒙るのみならず、就職その他の面で不利益を蒙り、これによる精神的損害も甚大である。
申請人平沢久、同北林万智子はそれぞれ日本育英会特別奨学生として月額金八、〇〇〇円の、申請人五十嵐清美は月額金二、五〇〇円の奨学金の貸与を受けていたものであるが、本件処分によりこれが貸与を打ち切られ、経済的に甚だ困窮しているものである。
その他申請人らは親元からの学資打切り、学生下宿からの締め出し、大学紹介のアルバイト中絶等経済的困窮に見舞われ、本件大学の学生であることに伴う事実上の多数の権利を喪失し、それにより損害を蒙つている。
以上の損害は、いずれも後日本案につき勝訴判決を得ても回復困難な損害であつて、申請人らにはいずれもこれを避けるための緊急の必要があるので申請の趣旨のとおり本件各処分の効力を停止する決定を求める。
(被申請人の主張に対する答弁および反対主張)
本件処分が違法であるとの被申請人の主張は、いずれもこれを争う。処分理由として主張する事実はいずれも、慎重な事実認定に基づかない虚構のものである。
本件各処分は被申請人が、都留市当局の圧力に屈し申請人らを含む大多数の本件大学学生の大学自治の擁護運動に対する弾圧のためになされたものであつて、このことは処分対象者の一回の弁解をも聴くことなく、夏期休暇中を利用して二二名の多数学生を一挙に処分し、被申請人が当初あげていた処分理由は著しくあいまいであり、現在被申請人が主張する処分理由と異なること等に照らし明らかであつて、これらの事実から本件各処分は著しく不相当なものである。
第二、被申請人は、申請人らの申請を却下する。申請費用は申請人らの負担とするとの決定を求め、申請理由に対する答弁および反対主張として次のとおり主張した。
(申請理由に対する答弁)
一、申請理由一、の各事実、同二の訴提起の事実はいずれも認める。
二、申請理由三項記載の本件各処分により回復困難な損害の発生および処分の効力を停止すべき緊急の必要性があるとの点は争う。
本件大学は、本件処分後である昭和四〇年一一月下旬学則を改正して退学処分に付せられたる学生に対しても復学を希望するものに対しては改悛の情の如何により教授会の議決を経て復学を許可する制度を設け、被申請人は申請人らの大部分を復学させる意思であるにもかかわらず、申請人らはいずれも復学を希望しないものであるから、本件申請における緊急の必要性はない。
(被申請人の主張)
本件各処分は次のような理由により、適法になされたものであるから本案自体理由がないことが明らかであるから本件申請は却下さるべきである。すなわち、
申請人らは一部教官と協同して大学事務職員の排斥、事務職員に対する人事権の学長移管、大学の予算介入を意図し、中途で教官の処分反対、学長の退陣要求等をも目的に加え、大学の自治の美名のもとに、善良な多数の学生を煽動し、次の違法行為をなした。
一、申請人らは昭和四〇年六月一日午後三時から本件大学旧校舎一二番教室において開催された学生集会に事務局長大野三郎、学生課長宮本稠、学生係長安田精致を呼び出し、午後三時三〇分から九時ごろまで軟禁し、同人らの行動を束縛した。
二、申請人熊田次矢、同田中靖良らは、同月八日午後二時三〇分ごろから四時一〇分ごろまでの間、学生課室内に立ち入り学生係長安田精致に対し、口々に「五月二二日の学内民主化斗争の記録、出版記念会の模様についての学生会の掲示を撮影したネガを返せ。」とわめき、同人の事務を妨害した。
三、申請人らは、被申請人らの反対にもかかわらず、同月一六日午後一時から午後四時三〇分まで学生約一、〇〇〇名に呼びかけ卒先して都留市内もデモ行進した。
四、申請人田中靖良、同熊田次矢、同長谷川弘は、同年七月六日午後一時ごろ、前記二項記載の目的で、学生課室内に立ち入り、学生係長安田精致に写真のネガフイルムを返せと迫り約三〇分間にわたり学生課の事務を妨害した。
五、申請人谷内晃博は、同日午後二時ごろ、教務委員会が開催されていた会議室に不法に侵入し、出て行けと再度注意を受けようやく退室した。
六、申請人らは、七月六日午後七時ごろ、旧校舎会議室で開催された人事教授会終了後帰宅しようとしていた被申請人を学生数百名と共にとり囲み、教官の説得にもかかわらず、スクラムを組み、当建物の全ての出入口に机を積みあげて軟禁し翌午前零時五分まで同人の行動の自由を奪つた。
申請人木下真治、同谷内晃博、同長谷川弘ら申請人数名はこの斗いにおいて教官学生の処分者を出さない、学内の組織改悪を即時とりやめる。一般教授会を開催することを学長、人事教授会議長、学生の三者間で七月一六日付をもつて確約する旨の記載された確約書を手にもち、被申請人に対し承諾印を押さねば自由にしない旨叫びながら、同人に捺印を強要した。被申請人はその間夕食をとることも休息することもできずそのため遂に失神するに至つた程である。
七、申請人らは、同月八日緊急学生大会において無期限同盟休校および学長退陣要求等の議案を可決させ、更に申請人田中靖良をして翌九日午前六時三〇分ごろから七時ごろまでの間無断で学内各所に同盟休校のビラを貼らせ、同日被申請人が同日から同月一七日まで、臨時休業とする旨告示するや、一転して同盟登校を決定し、市内の学生に登校を呼びかけ、全教官に出校を依頼した。
八、申請人らは九日午前九時三〇分ごろ、スクラムを組んで大学事務室に押し入り室内で労働歌を高唱して、職員の執務を妨害し、事務局長大野三郎に対し学生集会えの出席を強要しこれに暴行を加え、ついに同人の左手に全治一ケ月の傷害を負わせた。
九、申請人らは、同日から八月三一日までにわたり校舎等の無断使用を禁止する旨の被申請人の告示を無視して、しばしば無断で学内に宿泊し、他校学生も宿泊させ学校施設を無断で使用した。
一〇、申請人らを含む学生約三〇人らは七月一四日午前一一時ごろ新校舎において開催中の人事教授会の議事を防害するため、右校舎に乱入しようとし、その際申請人木下真治は入口のガラスを破損して室内に侵入した。
以上の各行為は、いずれも学内の秩序を乱し、学生の本分に反するので被申請人は学校教育法一一条、同法施行規則一三条本件大学学則二六条に基づき同年八月一七日開催の代議員会の審査を経たうえ、同月一八日および二〇日の教授会における審理決定により申請人らに対し、別紙(三)処分理由一覧表各理由により本件各処分をなしたものである。
もつとも右二回の教授会には教授今野達、助教授藤井信乃、同近藤幹雄、同一木昭男および講師松永昌三の五名に対しては教授会招集の通知をしなかつたため右五名は出席しなかつたけれども、同人らはいずれも同月一一日開催の一般教授会において懲戒免職処分に付すべきことが可決されていたので、同人らを前記教授会に出席させることは妥当でなく、仮に右招集方法に違反があつたとしても本件処分を最終的に決定した八月二〇日の教授会は出席すべき教官三四名中二六名が出席し、その内賛成一九、反対二、棄権五の割合をもつて可決決定されたのであるから右瑕疵は前記五名を加えても過半数の賛成者があることとなり本件処分の効力に何ら影響を与えないものである。
なお被申請人は申請人各人に詳細な処分理由を告げなかつたとしても、学生の身分に関しては地方公務員法四九条のごとき規定がないから、これをもつて本件処分の効力に影響をおよぼすものということはできない。よつて本案につき現在の段階において理由のないことは明らかである。
更に、申請人らはその後も改悛の情が認められないので、本件処分の執行停止がなされると、再び善良な学生に働きかけ学内を混乱させ、他の学生多数の勉学を妨げ、ひいては公共の福祉に重大な影響をおよぼすことは明白であるから本件申請は却下されるべきである。
(申請人らの懲戒権濫用に対する答弁)
本件処分は妥当適切であつて何ら裁量権を濫用したものではない。
第三、(疏明省略)
第四、
(当裁判所の判断)
一、申請人主張の申請理由一、の各事実及び二、中申請人主張の訴提起のあつた事実はいずれも当事者間に争がない。
申請人らは本件各処分を停止しなければ回復困難な損害を蒙る旨を主張するのでまずこの点について判断するる。
本件の疏明資料によると申請人らがその主張のように本件処分によつて都留文科大学において行う講義、教育実習および試験を受け得られなくなり、そのため卒業が延期される虞れのあること、右処分存続期間勉学のため右大学の施設を利用できない不利益をうけひいては卒業延期による経済的負担就職に際しての下利益を蒙る虞れのあること、そのため精神的苦痛を蒙ることは一応推認できる。しかし右のような不利益はそれ自体においては学生の退学または停学処分の内容として、または右処分に伴い常に当然発生するものであつて、これのみをもつてただちに効力を停止しなければならない「回復困難な損害」があるものと解することは相当でない。けだし、もし右のような、処分に伴う一般的な不利益によつて当然処分の効力を停止し得られるものとすれば、右の如き処分は常に例外なくその効力を停止しなければならないこととなり、このことは処分取消の訴の提起によつては処分の効力を妨げられるものではなく、処分の効力の停止は特に処分により生ずる「回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があるとき」に限つて許している行政事件訴訟法第二五条の法意に反するからである。そこで更に進んで、申請人らが本件処分の効力の停止を得られなければ、後日勝訴判決を得ても経済上などの事由から就学の機会を失する等「回復の困難な損害」を蒙る具体的事情の有無について考えてみる。
疏甲第九、同一八および同二〇号証によると、申請人播摩光寿は、処分当時本件大学文学部国文科三学年に在学していたものであるが、在学中の学費は、親が公務員でありその収入事情から送金は充分でなく、奨学金、アルバイト等によつて補充していた事情が認められ、更に同申請人には現在高校三年在学中の弟があり同人も大学進学を希望しているので、既に一ケ年の卒業延期のやむなきに至つている同申請人としては増々弟とともに大学に在学する期間が増し従つて経済的に困窮が甚しく、現在処分の効力を停止し単位の修得をしておかなければ後日勝訴判決を得ても、経済的に就学困難となり、就学の機会を失し、回復の困難な損害を蒙ることが一応疏明される。
申請人北林万智子の審訊の結果、疏甲第五、および同一九号証疏乙第七号証によると、同申請人は、処分当時本件大学文学部国文学科二学年に在学していたものであるが、同申請人は特に高校在学中から日本育英会の特別奨学金の貸与をうけ、処分当時の学費は、月額金八、〇〇〇円の奨学金と経済的余裕の乏しい親からの僅かの送金に依存せざるを得ない事情にあつたのみならず、昭和四〇年八月二五日付をもつて右奨学金の貸与停止になり、更に同申請人の妹は現在高校二年に在学し、大学進学を希望しているので、既に一ケ年の卒業延期のやむなきに至つている同申請人としては経済的困窮の度は増々強くなり、前記申請人播摩光寿の場合と同様現在処分の効力を停止しなければ就学の機会を失う事情にあることが一応疏明される。
しかしその余の申請人らについては「回復の困難な損害」を蒙る具体的事情を肯認するに足りる疏明資料は存在しない。
二、次に、申請人らのうち申請人平沢久、同五十嵐清美らは、本件処分によつて同人らに対する奨学金の貸与を打ち切られたと主張するが、右奨学金の貸与打ち切りが本件処分を原因とするものと認めるに足りる疏明資料はないのみならず、疏乙第七号証によれば奨学金貸与者と本件処分権者とは別異のものであり、本件処分の効力が停止されても、その効力として右申請人らの被貸与者としての地位が回復されるものではないと認められるから右貸与打ち切りによる右申請人らの蒙る事情は、本件停止申請の理由となるものとは解し難いところである。
三、そこで申請人播摩光寿、同北林万智子について、本件退学処分の効力を停止することにより公共の福祉に重大な影響を及ぼすとの被申請人の主張についてみるに同申請人らが本件退学処分の効力を停止されたとしても、再び善良な学生に働きかけ学内を混乱させ他の学生多数の勉学を妨げ、ひいては公共の福祉に重大な影響を及ぼす虞れがあることまでを認めるに足りる程の疏明資料はなく、また、本案についても証拠調べの進行していない現在の段階において本件の全疏明を検討した範囲では、本案が理由がないとみえる場合に該当するとまでは断定することはできない状況にある。
四、以上のとおりであるから、申請人播摩光寿および同北林万智子については、本件申請は理由があるのでこれを認容し、その余の申請人については、回復困難な損害を避けるため緊急の必要性があるとは認められないので、その余の点について判断するまでもないので、同人らの申請は理由がないとしてこれを却下することとし、申請費用の負担については行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九三条一項本文、八九条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判官 小河八十次 清水嘉明 若林昌子)
別紙(一)<省略>
別紙(二)
処分
申請人氏名
入学年月
処分時の
学年
所属学科
1
退学
木下真治
昭和三八年四月
三年
国文
2
〃
田中靖良
〃四〇年四月
一年
〃
3
〃
村上赴
〃三八年四月
三年
初等教育
4
〃
高野千世子
〃三九年四月
二年
国文
5
〃
北林万智子
〃三九年四月
二年
〃
6
〃
熊田次矢
〃三九年四月
二年
初等教育
7
〃
平沢久
〃三九年四月
二年
〃
8
〃
長谷川弘
〃三九年四月
二年
国文
9
〃
五十嵐清美
〃三八年四月
三年
〃
10
〃
播摩光寿
〃三八年四月
三年
〃
11
〃
高橋ミヤ子
〃四〇年四月
一年
〃
12
〃
谷内晃博
〃三九年四月
二年
英文
13
〃
田中則雄
昭和四〇年四月
一年
英文
14
〃
斎藤武也
〃三八年四月
三年
教育
15
無期停学
小谷章
〃四〇年四月
一年
〃
16
〃
長谷川光二
〃三八年四月
三年
国文
別紙(三)
処文理由一覧表
申請人氏名
該当処分理由
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
木下真治
○
○
○
○
○
○
○
田中靖良
○
○
○
○
○
○
○
村上赴
○
○
○
○
○
高野千世子
○
○
○
○
北林万智子
○
○
○
○
熊田次矢
○
○
○
○
○
○
○
平沢久
○
○
○
○
長谷川弘
○
○
○
○
○
○
○
○
五十嵐清美
○
○
○
○
○
○
播摩光寿
○
○
○
○
高橋ミヤ子
○
○
○
○
○
○
谷内晃博
○
○
○
○
○
○
田中則雄
○
○
○
○
斎藤武也
○
○
○
○
○
小谷章
○
○
○
長谷川光二
○
○
○
○